彫刻をつくる5 ― 2005年07月16日 23:53
昨日からは2日とちがって、実際に具体的な展覧会に向けて作っている。一個の作品としてある程度まとまった印象を持ってみてもらうつもりで作っている。最近よくやっている粘土で形を作って石膏で形を取り、セメントを流し込んだり、土を樹脂で固めたもので中を中空に作ったり、というような仕方になる。これは昨年の秋から始めたやり方だ。それ以前はしばらく型どりという工程は使っていなかった。・・・ときどきちょこちょことは使っていたかな。しかし部分的に工程に取り入れただけだった・・・。最近は石膏型を割ってそのあとはバリを取った程度でそのまま完成だ。
いままでは粘土の段階で表面はできる範囲で整えていた。意識だけは工業用デザインのエスキスにちょっと近いような。今回は、粘土の表面をきれいに整えないで手やヘラの跡を残す。わざと。スケッチが元になっていて、そのスケッチは描線がポイントなのだ。スケッチの滑らかな線の再現はできない。その線で描かれたスケッチのエッセンスを、よりゴツゴツしたマチエルでも表せないかということになってきた。表面は人体をあらわした彫刻の、ある種のもののマチエルと、かわらない。全体は単なる抽象形態だが。
と、いうだけで、見切り発車だ。方法の実験という要素が大きい。しかも、2日に試した方向性とまったく違う方向だ。工程はある意味ではここ数年で最も保守的になる。学生時代に戻ると言っていいほどだ。アイデアはちがう。新しいものだ。と、いってもまだ他のスケッチと関連がありそうないろいろなアイデアのなかに、ぽつんと違った景色のスケッチがあったというようなものだ。まとまりやすそうではある。面白さは、どうか。わからない。これを発表したいのか、していいものか。
ちょっと、小さいし、もの足りない印象になるか・・・。まあ、もし入選しなかったらそれでいい・・・。入った方が困るか。搬入は一週間後だ。
いままでは粘土の段階で表面はできる範囲で整えていた。意識だけは工業用デザインのエスキスにちょっと近いような。今回は、粘土の表面をきれいに整えないで手やヘラの跡を残す。わざと。スケッチが元になっていて、そのスケッチは描線がポイントなのだ。スケッチの滑らかな線の再現はできない。その線で描かれたスケッチのエッセンスを、よりゴツゴツしたマチエルでも表せないかということになってきた。表面は人体をあらわした彫刻の、ある種のもののマチエルと、かわらない。全体は単なる抽象形態だが。
と、いうだけで、見切り発車だ。方法の実験という要素が大きい。しかも、2日に試した方向性とまったく違う方向だ。工程はある意味ではここ数年で最も保守的になる。学生時代に戻ると言っていいほどだ。アイデアはちがう。新しいものだ。と、いってもまだ他のスケッチと関連がありそうないろいろなアイデアのなかに、ぽつんと違った景色のスケッチがあったというようなものだ。まとまりやすそうではある。面白さは、どうか。わからない。これを発表したいのか、していいものか。
ちょっと、小さいし、もの足りない印象になるか・・・。まあ、もし入選しなかったらそれでいい・・・。入った方が困るか。搬入は一週間後だ。
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